SeaQuest 実験 — ドレル・ヤン反応過程を用いた陽子内 反クォークの研究

文責: 中野健一

図1: 様々な時間スケールで見た陽子の内部構造
アメリカ シカゴ郊外に位置する Fermi National Accelerator Laboratory (Fermilab) において、 柴田研究室はドレル・ヤン過程の研究を行なっています。 2008年中旬から検出器等の製作を日本にて進めており、 2012年2月から陽子ビームを用いた実験がスタートしました。 本研究は日本、アメリカ、台湾の機関との共同研究です。 東京工業大学、山形大学、理化学研究所、高エネルギー加速器研究機構 (KEK) が日本の参加機関です。

我々の住む世界は物質によって構成されており、 日常の現象を考える限り反物質の存在は重要でありません。 しかし非常に短い時間スケールで物質 (陽子等) を見た場合、 真空からの物質-反物質 (クォーク-反クォーク) の対生成によって反物質 (反クォーク) が存在しています。 この反クォークの存在によって、陽子の内部構造は動的な性質を持ち、 非常に興味深い研究対象となっています。

Fermilab で行なう SeaQuest 実験では特に、 陽子内での反クォークの分布量のフレーバー非対称性に注目しています。 フレーバー対称性に基づけば 反アップクォークと反ダウンクォークの分布量は等しいと考えられますが、 実際はその対称性が大きく破れている事が過去の実験により示されています。 その非対称性をより精密に測定し、対称性が破れる原理を解明していく事が、 SeaQuest 実験の主な目的です。

陽子中にて対生成から生じたクォーク-反クォークを 「海クォーク (sea quark)」と呼びます。 この「海クォーク」の性質を解明するという研究テーマに因んで、 本実験を「SeaQuest」と名付けています。

Summary in English by N. Jennifer

ドレル・ヤン反応過程

図2: ドレル・ヤン過程のダイアグラム
本研究では、陽子の内部構造を調べる為にドレル・ヤン反応過程 という散乱事象を用います。 図2はその散乱過程を表すダイアグラムです。

陽子ビームを陽子 (水素) ターゲットに照射します。 一方の陽子中のクォークと、他方の陽子中の反クォークが対消滅を起こし、 仮想光子の中間状態を経て、 ミューオン対 (μ+ μ-) が生成されます:

クォーク + 反クォーク → 仮想光子 → μ+ + μ-
終状態のミューオン対を検出器で測定します。

ドレル・ヤン過程は、陽子内の反クォークの分布の測定に適しています。 反クォークが必ず反応に関与するので、 バックグラウンド (余計な反応過程等) の寄与を抑えて 測定データから反クォークの分布を直接的に抽出できるからです。 更に、終状態のミューオン対の運動量のみから、 始状態のクォーク・反クォークの運動量 (= Bjorken x) を精度良く決定できます。

陽子内の反クォークの分布

図3: 反アップクォークと反ダウンクォークの分布量の非対称度
陽子内の反クォークの分布は、 これまでにも幾つかの実験により測定されています。 最も新しい測定結果は、Fermilab にて行なわれた E-866/NuSea実験のものです。 この実験もドレル・ヤン過程を測定しており、 エネルギー 800 GeV の陽子ビームを用いていました。

図3は、反アップクォークと反ダウンクォークの分布量の非対称度 (dbar / ubar) を、 Bjorken x の関数として表したものです。 図中の青点が E866/NuSea 実験の測定結果であり、 大きな非対称度を示しています。 図中の赤点は SeaQuest 実験が達成できる測定精度であり、 Bjorken x の大きな領域 (> 0.25) にて非対称度を高精度で測定します。

更に、SeaQuest 実験は原子核標的を用いたドレル・ヤン過程の測定も行ない、 反クォークの分布に対する原子核効果を測定します。 又、冷たい核物質中でのクォークのエネルギー損失の測定も目指しています。

実験のセットアップ

図4: Fermilab の航空写真とビームラインの位置

図5: ターゲット (標的) の写真
Fermilab の Main Injector によって加速された、エネルギー 120 GeV の陽子ビームを用います。 陽子ビームを固定標的実験エリアに引き出し (図4 黄線)、ターゲット (液体水素など) に照射します。 照射時間は、60秒ごとに4秒間です。

図 5 はターゲットの写真です。 液体水素、液体重水素、鉄 (Fe)、炭素 (C)、タングステン (W) を数分ごとに切り替えながら、 陽子ビームを照射します。

図 6 は検出器の模式図と写真です。 模式図では左側にターゲットが有り、ビームは右向きに入射します。 ターゲットの下流 25 m もの空間に、電磁石や検出器を配置しています。 検出器は4個のグループ (Station) に分かれており、 Station 1, 2 & 3 でミューオンの運動量を、 Station 4 で粒子識別を行ないます。

図 6 の写真は、ビーム下流である Station 4 側から撮影されたもので、 ビームは手前向きに入射します。 奥に見えるコンクリートブロックは、放射線に対する遮蔽体です。 遮蔽体に隠れて見えませんが、 その下に第一電磁石 (FMag)、その奥にターゲットが有ります。

別のページにも写真を掲載しています。

図6: 検出器の模式図と写真

検出器 (ドリフトチェンバー) の製作

図7: 新規に製作したドリフトチェンバー
本実験では、 ドレル・ヤン過程から生じるミューオン対の飛跡を検出します。 検出した飛跡からミューオンの生成角度や運動量を決定し、 ドレル・ヤン散乱過程の運動学的量を再構成するので、 実験を遂行する上でミューオンの飛跡の検出は最も重要です。

日本グループは、 飛跡検出に用いる巨大なドリフトチェンバーを新規に製作しました。 製作は全て日本にて行ない、現在も日本にて性能テストを進めています。 図 7 は、2010年1月下旬に撮影したドリフトチェンバーの写真です。

実験の現状

表1: SeaQuest 実験の主な出来事
出来事
2008 12 Fermilab Stage-2 Approval
2009 04 検出器の作製・組立を開始
2011 08 検出器の完成
2012 03-04 第1期 データ収集 (commissioning run) — 03/08 に最初のビーム
2012 05- 検出器 & データ収集系のアップグレード
2013 11 第2期 データ収集 (physics run) の開始 — 11/08 に最初のビーム
2014 09-10 加速器の調整
2014 11 第3期 データ収集 (physics run) の開始 — 11/08 に最初のビーム
2015 07-09 加速器の調整
2015 10 第4期 データ収集 (physics run) の開始
2016 08-10 加速器の調整
2016 11 第5期 データ収集 (physics run) の開始
2017 7 第5期 データ収集の完了
2009年 4月に検出器の作製・組立を開始しました。 それ以降の主な出来事は表 1 の通りです。 検出器・データ収集系・加速器 (ビーム) のアップグレードを行ないつつ、 物理データの収集を行っています。

累計2年間をかけて、1019個の陽子をターゲットに照射します。 2017年の中旬までデータ収集を続けることが決まっています。